noa no atamannaka

フェミニストの読書記録、映画記録、考えていること

自分の子どもを主題に描いてはいけない

(2022.9.22)

 

往生際の意味を知れ!という漫画、最新刊まで電子で買っている。

この作品の主軸にある、「自分の人生をエッセイ漫画に描かれた。しかも嘘っぱちばかり。そして母は作品のために家族を傷つけた。今も傷つけている」という話、現実世界でも重要だと思っている。

(そんなの漫画の中の話じゃん!と思った方、そもそも漫画や創作の世界は現実世界と切り離されたものではなく現実世界を俯瞰して見る役割もあると思っているよ私は・・・)

(確かにこのまんがでは、件の母親がエッセイ漫画のために夫を殺したり、自分の子どもに毒を盛っていたりとか常軌を逸しているけど、主軸は現実世界にも通ずるところが多分にあると思う)

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先日、某エッセイ漫画家の娘さんが告発した時は、言い方は悪いが「やはり・・・」と思ってしまったし、この漫画のことを思い出した。

 

「お母さんは、私が泣いても嫌がっても描いた」

とおっしゃっていた記事が辛い。

 

子どもを題材に描いて、それが収入の大きな部分を占めてしまうと、親ももうやめられなくなってしまうんだろうな・・・と思っている・・・。

 

 

同じく、私は、自分の子どもを出しているYouTuberに対してもかなり軽蔑の心を持っている。

(子どもがYouTube好きなのでそういうのがあることを最近知った・・・。買ったおもちゃのレビューとか・・・。)

子どもの肖像権についてはどう考えているんだろう?

子どもが小児性愛者からの被害に遭う確率もそれをすることにより爆あがりしていることについての対策は・・・?

時々、「この動画は子どもと話し会って納得の上作っています」とかいう言い訳がましい注意書きを動画の初めに入れているものも見かけるが、

今、子ども本人が「うつりたい!映像に出たい!」と言っていたとしても、じゃあ子どもが「もう嫌だ」と言った時に、今までの映像を全て消したり、そこからの収入が見込まれなくなっても「わかった、もうやめよう」という覚悟はできているんだろうか・・・?

 

それに、子どもは「家族で楽しく撮った動画がネットでもみられる」程度にしか、ことを認識していないのではないか。

それが不特定多数の人にみられ、敵意や危険に晒されることまではわかっていないのではないか

そして、それを以てして、映像を流すか流さないか決める、

そんな重要な判断を子どもにさせるのか・・・?

「言質とった!」みたいな感じで「私でてもいいよ、映像とろう、流そう」と言わせているのではないか。

だって子どもはどうあったって親のことが大好きだし、

親には体格的にも金銭面でも勝てっこないから支配するかされるかでいうとされる側だ。

 

(そう考えると、「いないいないばあっ!」もなかなか心穏やかに見られなくなる。子どもタレントって言うと聞こえはいいけど児童労働だしなあ・・・。「お母さんといっしょ」なら心おだやかに見られるな。結構色々考えてるんだなあ、「お母さんといっしょ」・・・。)

***

 

かくいう私も、「毎日子どもの世話ばかりだ。せめてこれを描いて作品にしてあわよくばお金にしたい」と考えたこともあった。

でも、描き始めて割とすぐに

「これはいつか子どもの権利を侵害する。子どものバウンダリー(同意)を侵害してしまう」と思い、この分野には手を出さないことにした。

私も、それを描き続けてそれが莫大なお金になりつつあったら、

子どもに「もう嫌だ」と言われてもやめられると言い切れるかわからない。

それなら初めから子どもを題材にしたことは書かない方が吉だ。

自戒のためにもこの記事を書いている。

 

「母親である私」について描けども、子どもとの生活のことを描くのは保育園に連絡帳だけでいいなと思った。

いつか子どもが大きくなった時に子どもが見返したかったら見返せる、それくらいの気軽さを用意してあげたい。